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1. スレ主

豊臣秀吉

どん底の卑賤の身から、あらゆる汚いことに耐えて、天下人にまでのし上がった
苦労して天下人の座に上がった後にしたことは、自分の家門の地位を固めることではなく、可能性が全くない明の侵攻という希代のアホだった

耄碌したとしか説明ができない
結局、このボケによって、軍隊は李舜臣将軍に殺され、
弱体化した豊臣家は秀吉の死後、苦労して得た天下人の座を徳川に奪われるバタフライ効果を起こした

日本でも晩年は呆けていたのではと考える人も多い
壬辰倭乱の発端を作った侵略者であることを除いても、到底、精神状態を理解できない人物だ

晩年に人が呆けると、どれほど醜く滅びることができるかを見せてくれる代表的な事例だ
成功したので何をしてもいい!!と自信があったのかな?

2. 韓国の名無しさん
日本の立場では、戦国時代を終わらせたことは褒められる点でしょう

既に基盤は固めていて、下の者達にあげるべきものが多かったので、
戦争は続けなければならなかったようです
2020-09-21 11:10:35

3. 韓国の名無しさん
遊ぶサムライ達のエネルギーを消費させる所が必要だったという話があります
2020-09-21 11:10:16

4. 韓国の名無しさん
成功したら変わったでしょう
李舜臣将軍がいなければ、ですがw
2020-09-21 11:10:25

5. 韓国の名無しさん
島国種族の劣等感があったからだよ
2020-09-21 11:13:28

6. 韓国の名無しさん
内戦は終結したが、農業よりも戦争に慣れた人の管理は容易ではなかったでしょう

内部で起こるべき問題を外部に回し、自分の政治的立場も強化し、土地も奪い、政敵も除去できた
一石3鳥の選択でした
2020-09-21 11:15:08

7. 韓国の名無しさん
銀のためという話も聞きましたが、大き過ぎる絵だったようです
2020-09-21 11:16:26

8. 韓国の名無しさん
一番低い席から一番高い席まで行ったのか

それを成功させた人にとっては、明の侵攻はむしろ簡単だったのではないでしょうか?
2020-09-21 11:18:14

9. 韓国の名無しさん
多くの武士達を戦いで始末しようと起こしたのが壬辰倭乱です
2020-09-21 11:17:45

10. 韓国の名無しさん
・朝鮮では多くの民衆を捕虜として耕作に従事させ、奴隷として売買した

・その中に陶磁器製造技術者がいて、日本の陶磁器企業の発展を助けることとなった

・活字を持ち帰って日本の活字技術の飛躍的に発展させ、『退渓集』『東医宝鑑』などの書籍を持ち帰って文化が発達した

これだけでも日本から見ればお得だったのではないでしょうか
2020-09-21 11:20:55

11. 韓国の名無しさん
内部を統制するために外部の我が国に言いがかりをつけるのは昔も今も変わらない
真の迷惑国家だ
2020-09-21 11:22:30

12. 韓国の名無しさん
>>11
ずーっとね!
2020-09-21 11:23:38

13. 韓国の名無しさん
暇つぶししようとして混乱を起こしたのです
2020-09-21 11:29:46

14. 韓国の名無しさん

1.
織田信長の死後、軍を継いで日本を統一した豊臣秀吉の悩みは、強大な領地と軍隊を保有する大名達だった

秀頼が自分の後を継いで天下人になれる基盤を築かなければならなかったのに、秀頼は幼く大名達の勢いは強かった
忠誠を誓ってはいたが戦国時代にそんなことは無意味だった

2.
東日本の家臣、いわゆる「満腹の虎」の伊達政宗や徳川家康は表面的に忠誠を誓っていたが、領地は遠いからコントロールもできず、勢力も大きかったので、対応することも難しかった

3.
西日本の大名も依然として強大な勢力を維持しており、戦国時代を経た者の力を分散させる必要もあった

4.
秀吉は戦国時代を統一するだけのリーダーシップと軍司令官としての能力を備えていたが、国家統治力はあまりなかった

大名達を掌握するためには戦闘指揮官にならなければならなかった

5.
朝鮮征伐で強大な東日本大名を投入できなかった

自分の親族や忠義な家臣(加藤清正など)の場合、土地などの褒美を餌にすれば軍隊を派遣したが、忠誠心を疑われる東日本の大名軍がもし行先を自分の方へ変えたら?
あるいは、朝鮮征伐が成功して、東日本大名に更に多くの領地を与えなければならなくなったら…?

6.
壬辰倭乱の総司令官が若干20歳に過ぎない宇喜多秀家や15歳に過ぎなかった小早川秀明が親族という理由だけで参戦したという点を勘案すれば、石橋を叩きながら国家の戦をしたも同然だった

7.
朝鮮現地で略奪するしかない状況に急変し、補給路が李舜臣によって途絶えた日本軍は敗退した

戦闘司令官としてのカリスマも失った豊臣秀吉は、朝鮮の潜在的な国力を正確に把握できず、当代の強大国であった明の意志を読み取ることができず、自分の軍隊の能力すら正確に把握できず、老衰で死亡する

8.
時を待った徳川家康は、東日本の大名を取り込み、戦争から戻った西日本の大名達との運命をかけた関ヶ原の戦いで勝利、政権を握って江戸幕府を開く

ほととぎすが鳴かなければ織田信長は斬り捨て、
豊臣秀吉は、鳴くように言いくるめて、
徳川家康は、鳴くまで待った
2020-09-21 11:31:50

15. 韓国の名無しさん
軍人の消耗も兼ねて朝鮮を占領しようとしたんです

成功したら広開土大王のように尊敬される偉人になったはずですが、失敗したからあのように評価されるのです
2020-09-21 11:32:06

16. 韓国の名無しさん
兵士の数が多かったから反乱の恐れもあったでしょう

兵士の数を減らそうとしたと歴史学者達は言うけど…
本当のところは本人だけが知っているのでしょうね
2020-09-21 11:44:20

17. 韓国の名無しさん
我らに李舜臣がいたことを知らなかったのです
李舜臣を消せば、少なくとも朝鮮を占領できた可能性は十分ありました
2020-09-21 11:59:19

18. 韓国の名無しさん
正直、朝鮮は運が良かった

李舜臣が全羅道を守り、明が急いで軍を送ってくれたことも幸いでした
序盤に鴨緑江(中国と北朝鮮との国境になっている川)まで押されていたら、戦争がどれだけ長引いたか想像もできない...
2020-09-21 12:15:49




引用:https://bit.ly/335AG3k

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